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アメリカ先住民の証し: ジーシスの復活を再び

2006年10月16日 主日礼拝
Authored By M.A.F., IN, USA
Translated By Rev. Makahiko Arase, Osaka, Japan
説教者 : マイケル・フューリィ
原文 : 英語
文 : (日本語): 荒瀬牧彦
聖書 マルコ 16:1-6, 15 & 16; イザヤ 53

1  ダークレイン・トムのトーキング・リーブズの言葉。「自分に嘘をつくのは、 皆に悲しみをもたらす恐ろしい病気だ。勇敢でありなさい。真実は、たと え そ れが醜い真実であっても、あなたに力を与えるだろう。」

2  私は、あるアメリカ先住民(インディアン)の背景を持つ人からこんな話を きいたことがあります。一人の白人キリスト者女性が、その先住民キリスト者に こう言ったのです。「わたしたちの教会に来て、インディアンの人たちをイエス 様がどのように祝福してくださったか、インディアンがどのように福音によって 救われたのか、お話ししてください。」その白人女性は、説教者が説教をすれば 「未開人たち」が涙にくれて祭壇に集ってきたのだろうと単純に考え、彼らの 「野蛮人」生活は回心によって自動的に喜びと至福に溢れたと信じていたのでし た。赤い皮膚のその人はこう答えました。「それはできません。なぜなら、そん なことは起こらなかったです。回心したインディアンはほとんどいなかったので す。真にキリスト者であるアメリカ人がほとんどいないように。」

3 イエスはわたしたちに、良き証し人であるよう命じられました。わたしたちは どうすれば復活の主を他の人々に最もよく証しできるのでしょうか。私は、イエ スが死人の中からよみがえられたこと、そして私の人 生はこの復活の福音を広め ることに捧げられているのだと信じています。私はアメリカ先住民とヨーロッパ 系アメリカ人の間の関係、非キリスト者とキリスト者の間の関係を検証してみた いと思います。神の証人となる最上の方法は、良き聴き手となるということ、語 る相手の心をできる限り学ぶということです。アメリカ先住民の文化が「白人」 文化よりすぐれているとか劣っているというふうに私は考えません。自分自身の 集団を見下しているように聞こえるかもしれませんが、そういうことではありま せん。肝心な点は、他の人々の声を聴くことによって学ぶこと、そして自分とは 違っているように思われる人々とコミュニケートする方法を学ぶということです。 私は自分が成功しているかどうか定かではありません。しかし、私はこのことに 深 い関心を持つ牧師として、謙遜に試みてみなければならないのです。究極的に は、福音のメッセージを伝えることが目的です。

4 「二つの」文化の関係を検証しようと試みるのはほとんど不可能に近いことで す。なぜなら、二つより多くの文化が関わってくるからです。アメリカ先住民は 少なくとも500以上の異なる種族から成り、それぞれの種族はさらにいくつも の部族集団に分かれています。ヨーロッパの文化についても、多様性に富んだ文 化が存します。異なるスペイン諸文化との接触だけでも相当に複雑です。諸文化 間の関係という課題は非常に複雑で、ステレオタイプの影響を受けやすいので、 誤った認識や情報がずっと残ってしまいやすいのです。しかしながら、わたした ちは暫定的なステレオタイプ、つまり前提を設けなければ、学びを進められない ので、知ることができないものへの留保と尊敬を保ちつつ、この作業を続けるこ とにします。分類を行うことなしに、人間の頭脳は学習や情報の蓄積を行うこと ができません。ある意味で、わたしたちは全生涯を使って、データの再訂正、再 学習、再配置を行って、その再統合をはかっているわけです。さらに、宗教的真 理にあっては、わたしたちが自由になるのは、真実を探求し続けることにおいて です。もしすべての答えを所有したというなら、その途端もう駄目なのです。救 いは 、イエスという方につながることにあります。もちろん、わたしたちは現実 の答えと説明を必要としています。しかし根本的な事実は、イエスご自身が答え であるということです。イエスとの関係が答えなのです。

5 さて、それでは、私の前提です。基本的にアメリカへやってきたヨーロッパ人 の多数はキリスト教信徒であり、ヨーロッパ人によるアメリカの植民地、都市、 そして後の諸州と国はユダヤ・キリスト教的諸原理に立脚していました。しかし ながら、真実をすべて語るなら、アメリカ合衆国の歴史は、ある者が麗しく、あ るいは滑稽に描くように、すべての起源においてキリスト教的であったというわ けではありません。少なくとも二本の糸がアメリカ史を走っています。神〔ゴッ ド〕と金〔ゴールド〕です。この国の諸集団はこの二つを追い求めてきました。 1492年以来、新世界においては、二つの文化的タイプが存在してきました。神を 渇望してきた人々と、それより多くの金を渇望してきた人々です。教会関係であっ ても、金に惹かれたグループはありました。実際問題として、新世界において土 着の人々に関心を抱いた集団はほとんどなかったのです。いくつかのメソジスト とバプテストのグループが先住民への真の関心を示しました。ウィリアム・ペン 率いるペンシルベニアのクェーカーは、先住民と結んだ契約を実際に守った唯一 の宗教政治集団でした。マサチューセッツの清教徒〔ピューリタン〕はその土地 にもとからいる人々と友好的な食事をしましたが、一世代たたないうちに冷淡に なりました。合衆国政府が結んだあらゆる契約は破棄されました。アメリカ合衆 国建国の時、わたしたちの憲法がインディアンに関して述べたのは1センテンス だけでした。ほとんどの部分、わたしたちの白い先祖たちは赤い人々を、魂を持 たない搾取すべき未開人と考えたのです。

6 おそらく異なる民族と面と向かった時に感じる恐れと無理解が、わたしたちに、 虐待的で非人間的な態度を惹き起こすのでしょう。違った顔を恐れるというのは、 根本的な罪の一つであり、人間が生き延びようとするための感覚の一部です。し かし、不一致と不調和の根本原因としては、恐怖という動機は不十分です。搾取 の背後にある衝動の源は金銭あるいは貪欲です。金銭に駆り立てられた白人たち が、不正な契約と銃とで赤い人々を土地から追いやりました。先住民がしていた ことを習って、白人たちは赤い人々のこどもの頭皮を剥ぎ、珍奇品として金儲け のために売りました。初期の定住者たちはまた皮革と舌を得るためにバッファロー を何百万も殺し、肉は腐るままにしておきました。対照的に、アメリカ先住民た ちは必要なだけしか獲ることはなく、生命を奪う前には動物に敬意をもって語り かけたものでした。初期定住者たちは、その一帯を 飛んで渡っていくのに数日も かかっていたような鳥の大きな群れを一掃してしまいました。彼らは樹齢数百年 の栄光ある木々をお金のために数百万本倒しました。わたしたち現代人もそういっ た先祖たちと変わりがありません。今や自分たちのものだと言っているその土地 を、ぜいたくな現代的生活を営むために、有毒化学物質の猛攻撃や放射性汚染物 質、冷却剤などによって食い物にしているからです。貪欲が白人の神であるよう に思われます。罪が進み、先住民たちもまたこの神を所有するようになりました。 インディアンの人たちは言います。アメリカ先住民がお金の価値を知って、必要 ではなく欲求によって毒された時、彼らの社会は解体を始め、彼らの生活は破壊 されたと。インディアンの心に巣食った貪欲が部族間の平和を破りました。だか ら先住民たちは疑問に思うのです。「イエスは死の神なのか?」と。

7 あるインディアンの人たちはイエスについて語ってきたし、語り続けています。 イエスは死に神のようにみえる、と。彼らは、アメリカ版ホロコーストの民とし て、その声を聴くべき人々です。事実は、イエスは生命の道です。しかし信徒が 生きてきた道が、そしてわたしたちが後に残してきた証しが、死の踏み跡なので す。アメリカ先住民の代表的人物の一人が、ハイメヨースツ・ストームです。

8 「我々のうちの多くの種族〔ネーション〕の間で、もはや盾(the Shield=部族 のアイデンティティと平和建設のプロセス)と同胞愛が教えられていない。黒い ガウンを着た白人たちや他の者たちが、我が民の中を徘徊して、新しい道、ジー シスの道を教えている。このジーシスは新しいパワーであるようだ。それは死を 愛し、殺す者たちに力強く報いる。」

9  彼の描写はこのように続きます。 イエスはメデシン・パワーとして語ら れています。メデシン・パワーとは、メデシン・ホイールに働く力です。人生は この輪において象徴されます。各人はメデシン・ホイール上で、自分の賜物や心 や知覚の方法を知らなければならないのです。

10 「我らが民においては、こどもが最初に学ぶことは、メデシン・ホイールの四 つの偉大な力だ。メデシン・ホイールの北には、知恵が見出される。北の知恵の 色は白である。そしてそのメデシン・アニマルはバッファロー。南は、ねずみの しるしで、メデシン・カラーは緑。南は純潔と信頼のしるしの場で、自分の心の 本性をよく観察するためにある。西には熊のしるし。西は内面をみつめる場で、 それは人間の内観的性質を語るものである。この場所の色は黒。東は鷲のしるし によって表わされる。これは照らしの場で、わたしたちが遠くまで、また幅広く 明瞭に物事を見ることができるところである。色は、明けの星の金。人は誰でも 誕生の時に、メデシン・ホイール上の四つの偉大な方向のうちの一つを与えられ ている。この最初の場所が、わたしたちに、物事を認識する最初の仕方を与え、 それがわたしたちにとって生涯通して最も容易で自然な方法となっていくのだ。」

11 ホイールにおける自分の場所を学んだら、今度は他の人々の道を学び、それ に「触れ」、その賜物を借りなければなりません。わたしたちは一つだからです。 このシステムは、聞く事、学ぶこと、分け与えること 、全体から益を受けること を強調するのです。この心理学的アプローチは、もし我々が一枚の葉を囲んで座っ ているならば、我々はその葉のそれぞれ違う部分を見ることができると告げてい るのです。これもまた、心理学的かつ社会的な道具として、わたしたちは彼らの 物の見方を援用することができると考えます。この物の見方は、コリント書簡に みられるパウロの教会とその肢体をめぐる記述に類似しています。わたしたちは ホイールを旅して巡らなければなりません。理解を深め、個人的成長を遂げ、共 同体の平和を得るために、それぞれの人間がどのように世界をみているかを学ば なければならないのです。この確信は理論以上のものでした。なぜなら、それは 大陸的なレベルで実行されていたからです。異なる言語を話す部族間で使われて いたアメリカ先住民のサイン・ランゲージは、国(ネーション)のレベルでの 「傾聴」への感受性を示しています。神ご自身が恵みによって、メデシン・ホイー ルと呼ばれるこの平和な社会化の道具を彼らに賜ったのでしょうか。今やホイー ルに加えて、先住民たちはイエスを平和のためのメデシン・パワーとしてみなけ ればなりません。イエスは真実にそういう方なのです。わたしたちは邪悪なメデ シンという彼らのイエス観を変えなければなりません。

12  彼らの見方によれば、イエスはこのように説明されます。 「ジーシスは彼らの間でひとつのパワーだった。このチーフを後に彼らは殺した。 彼は、彼らが彼を殺したことに驚かなかった。彼らはこの人を殺した後、この人 がパワーだったことに決めて、彼を好きになったのだ。彼は霊として戻ってきて、 今も彼らのうちを目に見えない姿で歩いている・・・このジーシスは彼らの中で 最強の殺人者だ。彼は敵をすべて殺した。そして彼に従ってくる者たちに多くの 褒美を与えた。信じるがよい、兄弟よ。これはとてもややこしいことだが、この ジーシス・・・ジーシスの話し手たちは、多くのことをについてそれをするのが 悪だと言っている。そして信じられないようなことだが、殺人もその一つだとい うのだ。これは明らかに、ジーシスの出征路を従軍していく者だけは殺してはな らないという意味だろう。恐れるべき他の者たちは殺さなければならないのだ。」

13 わたしたちは、復活の証しの復活が必要です。最初、ユダヤ人が神の憐れみと 愛の証しが立派にできませんでした。今度はクリスチャンが神の愛を立派に証し することができないでいるのです。どうすればもっとよい証し人になれるのでしょ う 。

  • 1 .聴き手を理解すること。証しを始める前に相手の心を聴くのです。コミュニ ケーションの溝に橋をかけることです。
  • 2 .アメリカ先住民の文化を敬うこと。多くの人は合衆国政府によって割り当て られた「居留地」か、あるいはアメリカ合衆国によって認められた彼らが主権を 有する領土に住んでいます。キリスト者として、私は彼らが復活の出来事を信じ てほしいと思っていますが、しかし彼らは白人の言う救いへの道を採用する必要 はありません。彼らに必要なのはイエスご自身だけであって、白人の文化ではあ りません。たとえば、平和のパイプはキリスト教の聖餐にいくらか似ています。 煙は聖書における犠牲のように、神へとのぼっていく祈りを象徴しているのです。 アメリカ先住民であり同じにクリスチャンである教会の成功した例が、オクラホ マの「全部族コミュニティ教会」に見られます。
  • 3.彼らから学ぶこと。インディアンの文化から、気品ある人間となる道をも学 ぶことです。私の意見では、最も崇高な先住民の賜物は、体系化された聴くこと の習熟と、必要なだけしか自然から取らないという姿勢です。ほとんどの米国市 民は、自分たちが農業や食料保存法、狩猟、「ゲリラ」戦法、そして政治につい てアメリカ先住民から多くを学んだのだということを忘れてしまっています。わ たしたちの州制度、連邦政府の形は、ベンジャミン・フランクリンがセネカ族、 モホーク族、オノンダガ族、カユガ族、オネイダ族の五部族連盟から直接借りて きたものでした。ベンジャミン・フランクリンは、彼ら連邦制がこの形の源であ り、彼らの制度に倣ったことを認めています。

14 先住民の人々に、そして全ての人々のために私が主から受けたメッセージは、 神の民は悪しき伝達者であり、誤った代表者であり続けてきた、というものです。 わたしたちはなんとひどい証し人だったのでしょう。わたしたちが余りにひどかっ たので、神は明瞭な証しを届けるためにその独り子を遣わさなければなりません でした。神の子は、御言葉のほとんどない不毛の地イスラエルに降りてこられま した。イザヤ書53章で、イエスは乾いた地に埋もれた根から生えでた若枝と描 写されています。インディアンの人たちは、切り倒された木の、その株から小さ な芽が出て育ち、その木に新しい生命を与えようとしているのを思い浮かべるで しょう。イエスは死の神ではありません。しかし神がそのメッセージを託した者 たちが神の賜物を濫用してしまったのです。イエスはご自身の民によって殺され ます。しかしその十字架上の死から生命が現れ出るのです。死から復活から現れ 出るのです。あなたの永遠の仕事〔ビジネス〕にまず取り組むことです。それか ら、土地などこの世の仕事〔ビジネス〕をすればよいのです。現在のところイン ディアンはほとんど土地を所有していません。しかし、もし彼らがイエスを酋長 の中の酋長とするなら、イエスは荒らされた土地から生え出た若枝になることが できます。破壊の中から救い主イエスが現れ出るのです。イスラエルのように、 土地を与えてくださる創造主に信頼しなさい。合衆国の法制度を使って、失った 土地をもっと取り戻し、自分たちが主権を有する領土に国〔ネーション〕を再建 するのです。

15 ダ ー ク レ イ ン ・ ト ム は こ う 書 い て い ま す 。

「インディアンが創造主を礼拝する"正しい方法"があるかどうかなんてことで喧 嘩を始めたのは、よそから来た侵略者たちが彼らの神や神々を持ち込んでからの ことだ。侵略者たちがただ一人の神を拝むというのは聞いたことがあるだろう。 でも彼らは皆違うことをしているし、それぞれ信じている神が言っていることと して違うことを説いている。だから、我々は彼らがいったい誰を礼拝しているの かわからなくなるし、あの小さな黒い本にいったいどれだけの神々が出てくるの か見当がつかない。我々が知っているのは、彼らの振る舞いが文明的でないし、 互いに愛しあうということがないということだけだ。それゆえ我々はあなたに勧 める。自分の先祖の祝祭を守り、何千年の経験によってよく確かめられた仕方で 創造主を礼拝しなさい。」

16 私はこう説教します。「あなた自身で十字架のもとへ行ってください。どうか イエスと、イエスによる新しい契約をあなた自身のために学んでください。白人 のキリスト教文化を称揚するような白人文化の教えは括弧に入れてくくってしま うのです。そして、相互理解のホイールで会いましょう。」 17 イエスは死の神ではなく、神の子であり、命と復活の道なのです。偽善はすべ ての者に地獄をもたらす死の神です。ダークレイン・トムの言葉を再び引用して、 終ります。「自分に嘘をつくことは、皆に悲しみをもたらす恐ろしい病気だ。勇 敢でありなさい。真実は、たとえそれが醜い真実であっても、あなたに力を与え るだろう。」

<脚注>

1 Dark Rain Thom, Kohkumthena's Grandchildren: The Shawnee. Guild Press of Indiana, Inc., 6000 Sunset Lane, Indianapolis, IN 46208, 1994, p.112. トーキング・リーブズとは彼の本です。すなわち、語る葉です。

2 Hyemeyohsts Storm, Seven Arrows, Ballatine Books, New York, 1972, p. 72

3 Storm, p. 240.

4 Storm, p. 6.

5 Storm, p. 240.

6 An American Baptist Communique:

All Tribes Community Church-- Where Faith and Culture Meet by Laura Alden, Reprinted from American Baptists In Mission, March/April 1996.

(ローラ・オールデン『全部族コミュニティ教会? ?信仰と文化の出会うところ』)

  杉を燃やす儀式やカウンシル・ファイヤー、祭儀の舞踊などを用いるのは、多 くのキリスト者信仰共同体にとって馴染みのないことかもしれない。しかし、オ クラホマ州タルサの全部族コミュニティ教会のメンバーにとっては、これらの伝 統は、アメリカ先住民インディアンの文化的遺産をも包含する聖書的キリスト教 礼拝の重要な一部である。

 アメリカン・バプテスト派に属するこの新しい成長中の教会の牧師であり、ウィ チタ族の一員であるウィリアム・トンプソン牧師はこう記しています。「長い間、 福音のメッセージは、我々がクリスチャンになるためには自分たちの文化を追放 しなければならない、というものでした。我々がこの教会を始めたそもそもの動 機は、教会から締め出されていた伝統的なアメリカ先住民に伝道することでした。」

 1992年9月の最初の礼拝の時から、この都市教会はまさにそれを行ってき たようです。タルサに移ってから、トンプソン氏は少なくとも4万8千人に及ぶ 同地域に住むアメリカ先住民に出会うために、パウワウ(インディアンの伝統的 儀式)に出席しました。彼は出会った人々を家庭での聖書研究に招き、その後日 曜の礼拝に招きました。

 トンプソン氏によると、反応は満足のいくものでした。「人々はわたしたちの 礼拝に文化的意味とキリスト教信仰の両方を発見できたことに心動かされていま した」。

  現在、日曜の午後にタルサのコミュニティ・バプテスト教会で行われている毎 週の礼拝には平均98人が出席しています。参加者の多くが異民族間あるいは異 部族間の結婚をしています。ほとんどの人がインディアン社会となんらかのつな がりを持っています。「全ての部族を歓迎します」とトンプソン氏は言います。 ヨーロッパ系アメリカ人も出席しています。アメリカ先住民の霊性に新たな感心 を呼び起こされてという理由もそこにはあります。

 全部族コミュニティ教会では、こどものための説教で、異なる部族の伝承を聖 書とあわせて教えています。インディアンの揚げパンと陶器を聖餐に用います。 祈りの歌、故人を記念する歌、感謝の歌にはドラムで伴奏します。献金は、説教 卓の前に敷いたインディアンの毛布の上にめいめいが置きます。「パウワウでは、 これは誰かを称える行為なのです」とトンプソン氏は説明します。「わたしたち は、賜物をこのような仕方で捧げることにより、我らの主をほめ称えているので す。」

トンプソン氏は、ティム・チェサー氏とコミュニティ・バプテスト教会の人たち に、施設を使わせてくれることへの感謝を表わしています。全部族教会は今、ア メリカン・バプテスト・エクステンション・コーポレーションから融資を受けて、 教会堂を買うことを考えています。

 この教会は他の地域でのアメリカ先住民教会に仕えるために二人の国内宣教師 を送り出しました。「(ネバダとワイオミングでそれぞれ奉仕している)ランディ・ ウッドリーとジョン・コープランドが遠くへ行ったのは淋しいことです。しかし、 牧会者を育てる業の一端を担ったことはわたしたちの誇りです。」

 コミュニティ・バプテスト教会と北タルサ第一バプテスト教会の会員たちが、 礼拝に出席し、献金をし、必要な助けの手を延べて、サポートしてきました。中 部アメリカン・バプテスト教会連合、アメリカン・バプテスト・ナショナル国内 宣教部門、南部アメリカン・バプテスト教会連合、オクラホマ・インディアンバ プテスト協会から組織的援助が送られています。

 ブレンダ・エドワーズさんは、第一バプテスト教会のメンバーで、国内宣教局 の元理事であり、現在は南部アメリカン・バプテストの開拓伝道運営委員会の委 員長を務めています。彼女は全部族教会の創設初期から委員会で奉仕してきまし た。「共同体の人々が、ことに異なる背景を持つ人々が一つとなっていくのを見 るのは、実にやりがいのある恵まれたことです。民がイエス・キリストを礼拝す るもう一つのあり方に加わっているのは、素晴らしいことでした。」

 全部族コミュニティ教会は、最近のアメリカン・バプテスト開拓伝道キャンペー ンの間に始められた504の新しい教会の一つです。

7 Dark Rain Thom, p. 42.

 
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