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「久下倫生先生の証し」

2004年7月25日 主日礼拝
「久下倫生先生の証し」
インディアナ州ハイランド・バプテスト教会にて

おはようございます。インディアナのハイランド・バプテスト教会の礼拝に出席 できて、大変感謝です。日本の大阪のぞみ教会の久下倫生でございます。はじめ に一言祈ります。

「父なる神様、この特別な機会を感謝します。普段は遠く離れた場所で礼拝し、 お互いを知らず、言葉もまったく違いますのに、このようにともに礼拝できたこ とを心から感謝します。同じように賛美し、礼拝できるのはなんと幸いなことで しょう。私の言葉が、アメリカの友人に理解できるものでありますように。貧し い英語を通して、主なる神様が直接、会衆にお語りになりますように。主のみ名 によって祈ります。」

今日は日本について、私たちの教会とその働きについて、そして私自身に示され た神様の恵みについて、少しお話します。

まずはじめに、日本人は胃が二つあるのをご存知でしょうか?いくらご馳走を食 べましても、食事の最後には米を食べないと落ち着かないのです。つまり、二つ の胃がいっぱいにならないと満足しないのです。アメリカにも食事の後でケーキ を食べないと満足しない人は、アジア系アメリカ人かも知れませんね。イエス・ キリストは、アジアに生まれましたので、「私は命の米です。」とおっしゃって もよかったと思います。米がないとアジア人は満足しない。主イエスの言葉は、 私たちの霊的な状態をよく言い表しているのではないでしょうか。主イエスを私 たちのうちに持たないことには人は満足できないのです。にもかかわらず、アジ アの一員である日本ではクリスチャンは1%以下です。礼拝を忠実に守る人は0. 7%に過ぎません。130年前、アメリカから宣教師が来て始まった伝道は残念 ながら実を結んだとはいえません。一方1600年前に日本に来た仏教はどうで しょうか?日本を旅行しますと、いたるところに仏教寺院を見ることができます。 日本に伝えられて100年後にはすでに、国家の中枢にまで仏教が浸透していた ことが知られています。

普通、日本は仏教国に数えられます。しかし私は、仏教の伝道はうまくいってな いと思います。なぜならお寺は多いけれでも、礼拝する人はほとんどいないから です。経典を読む人を学者以外には知りませんし、葬儀以外にお寺に行くのは、 観光のときのみです。キリスト教も仏教もだめだとしたら、日本人は何を信じて いるのでしょうか? 私の判断では多くの日本人が秩序を尊び、年寄りを尊敬し、何かは知らないけれども偉大なも の、優れたものをごく自然に受け入れるという特徴があります。これは儒教と神 道が混じった信仰だと思います。日本に伝えられた仏教は道教と儒教とともに、 中国からの優れた教えとして受け取られました。したがってその性質がかなり変 わってしまい、日本的なものになりました。ある学者はこれを日本教と呼んでい ます。

つまり日本の宗教はいろいろな教えが混じっていることに特徴があります。私は 西行という哲学者、仏教の僧侶が好きなのですが、彼は景色を歌いながら信仰を 言い表し、その信仰告白を歌集にして、伊勢神宮という神道の神社に奉納してい ます。つまり彼の目指したのは、仏教と神道の習合だったのです。

ですから、日本人はキリスト教も受け入れており、クリスチャンの総理大臣もお りましたし、東京大学の総長は矢内原、南原はじめクリスチャンが多かったです し、驚くべきことに、美智子皇后も聖心(Sacred Heart)というミッションスクー ルの卒業生で、受洗する直前まで行かれたということです。日本ではキリスト教 徒は迫害されてはおりません。しかしもしイエス・キリストのみが真理であり、 道である、キリストこそが命のパンであると主張しますと、直ちにNOという反応 が返ってまいります。これが日本の状態です。キリスト教徒は尊敬されており、 まじめな人間と思われていますが、自分はキリスト教徒になりたくない、なぜな ら他の宗教を否定するからであります。

日本伝道の大切な点は、日本を理解し「日本教」を尊敬しながら、しかも私たち の主イエス・キリストへの信仰を損なうことなく、人に主キリストを紹介し、キ リストに導き、教会形成を成し遂げねばならない点にあります。これはアジアの 国に一般的に見られることでしょう。多くのアメリカ人宣教師は日本の文化や伝 統を無視してきました。この点を私たちはもう一度考えてみなければなりません。 単なるアメリカの教会、アメリカ型信仰の移植であってはならないのです。

次にこういう日本でのクリスチャン生活についてご紹介します。上に見たように、 何でもいいものは取り入れ、自分を強く主張しないという人々の性癖のため、よ く見られるのは「カメレオン型」のクリスチャンです。カメレオンは回りにあわ せて色を変えます。つまり目立たなく自分を隠し、自分がクリスチャンというこ とを表明せずに暮らしている人が多いと私は観察しています。教会には来ますが、 職場や学校で自分は主イエスを信じているという人はきわめて少ない。信仰が個 人的になりがちで、あるクリスチャンがなくなったとき、家族の人がうちのお父 さんはどうもクリスチャンだったらしい、そういえば日曜日よく出かけていたわ ね、あれは教会に行っていたのかしらと、ということがあったくらいです。信仰 が哲学か個人の信念のようになって、一代限りで親から子供に受け継がれていか ない傾向があります。これは社会の見えざるプレッシャーが背景にあるからだと、 私は思っています。Group pressure or peer pressureですね。

私はみんなが「さなぎ型」chrysalis, butterfly cocoonであってほしいと願って います。今はじっと硬くなっていても、やがて美しい蝶になって、羽ばたかなけ ればなりませんね。私たちの教会は、大人も子供も一緒に礼拝しています。家族 が一緒に礼拝できるように、礼拝のプログラムを工夫しているのです。おかげで 中学生がグループ・プレッシャーに負けず礼拝に出席しています。これは日本で は珍しいことなのです。学校や地域社会が日曜日にさまざまな行事を行うのが日 本です。

最後に神様が私にしてくださったことを少しお話します。

私は20歳のときに洗礼を受けましたが、家族、親戚の中に誰一人クリスチャン はおりませんでした。幸い、しっかりしたよい教会に導かれましたので、私は、 大学でも会社でも自分がキリスト者であることを公言し、キリスト者学生会など の働きに参加しておりました。受洗後2年で妹が洗礼を受け、そのあと教会で出 会った今の妻と結婚し、3人の子供たちを教会に連れていったので、やがて妻の 父を入れて7人がクリスチャンになりました。そして妻の母、妻の弟、甥、私の おば、最後に私の両親が洗礼を受け、私の家族は全員がクリスチャンになりまし た。みな毎週教会の礼拝に出ています。そして6日前の月曜日に次男が結婚しま した。次男の妻は、やはりその家族全員がバプテストです。わずか30年で、一 人から20人ほどのクリスチャン家族ができたのです。私は日本の教会が小さい、 弱いといわれることをよく知っていますが、200年、300年先を見て、教会 の働きに参加しています。200年あれば、日本が根本的に変わりうると思いま す。ローマ帝国の迫害下にあった1世紀の教会が200年後には、国家全体を変 えたことを思えば、十分ありえることです。

そのためには、今の私たちがしっかり礼拝し、伝道し、教育と交わりを強めてい くことが大切なのだと自覚しています。

私たちの教会の説教は、マイクのおかげで毎週英語に翻訳され、世界中の人がイ ンターネットで読めるようになっています。役員会の記録も、聖歌隊の働きも、 教会学校も記録がHDにきちんととられています。時には面倒だなと思うこともあ りますが、いつか21世紀のはじめに日本にこういう教会があったと誰かがわか るようにと願っているのです。

今日も世界中を賛美の歌声が覆います。時差にしたがって、日本から中国、イン ド、中近東、ヨーロッパへ、そして最後にアメリカで、主が礼拝され、献身が約 束されます。なんとすばらしいことではありませんか。私たちは、兄弟であり、 ひとつなのです。

最後に私の大好きな聖句で締めくくらせていただきます。主が弟子たちに言われ た言葉です.I am with you always to the end of the age.  アーメン。

 
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