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「イエスの眼差し」

2007年6月10日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 ルカによる福音書 22章31節~34節

 「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(31‐32節)。イエス様は、そうシモンに言われました。主が十字架にかけられる前夜、いわゆる「最後の晩餐」と呼ばれる、その食事の席でのことでした。

強い人ペトロ

 シモン、またの名をペトロ――彼はかつてガリラヤの漁師でした。当時の職業は世襲が普通でしたから、彼は漁師の家に生まれ、漁師の子として育てられたのでしょう。一人前の漁師になるために、親元で厳しい訓練を受けてきたのだと思います。海の上ではそれぞれが自分の責任をしっかりと果たさねばなりません。そこでは自分の役割に責任を負う強さが要求されます。どんな場合であっても、一端海の上に出たならば、舟上で自分の弱さをさらけ出して狼狽えたり、他の仲間の足手まといになることは、漁師としてとても恥ずかしいことだったに違いありません。

 また、彼の家が通常のユダヤ人の家庭なら、彼もまた律法の教育を受けてきたことでしょう。ユダヤ人の子は一三歳になると成人と見なされ、「律法の子」と呼ばれるようになります。ユダヤ人の共同体に属する者として、律法の義務が科せられるようになるのです。彼は責任ある大人として、定められたことをきちんと果たす強さを要求されることになります。律法を守ることができないということは、律法違反を咎められるだけではなく、一人前の大人として、まことに恥ずかしいことであったに違いありません。

 しかし、子供が大人となっていくプロセスにおいて、そのような自立した強さを要求されるということは、何もユダヤ人や漁師の家に固有なことではありません。私たちにも、身に覚えがあることです。この国の子供たちの多くは「人様に迷惑をかけないように」と言って育てられます。人の手を借りずに自分のことはきちんと自分で出来る子が《しっかりした良い子》と呼ばれます。人の手を煩わせてばっかりいる子は、「いつまで経ってもダメねえ」と陰口をたたかれます。この国においても、やはり賞賛されるのは自立した強い人です。弱いこと、人の助けを必要とすることは、恥ずかしいことと見なされます。ですから、人生の最後まで、「あたしゃ子供や孫の世話なんかにならない!」と言って生きられることを理想としている人も少なくありません。

 ところが、現実は理想どおりにはいきません。自分の弱さが露わになってしまうこともあるでしょう。人の助けを得なければどうにもならない時もあるでしょう。一生の間には幾度も、狼狽えたり、取り乱したり、恥をかいたりということを繰り返すものです。しかし、本来は強いことが良いことだと思っていますので、そのような弱さは往々にして即座に覆い隠されることになります。なんとか体面を取り繕おうとするのです。いや、他の人に対して弱さを覆い隠そうとするだけでなく、自分自身に対しても覆い隠そうとするものでしょう。自分の弱さを見ないようにし、自分の記憶からも消し去ろうとするのです。

 ペトロという人もそうでした。福音書を読みますと、彼はしばしば自分の弱さをさらけ出しています。例えばこんなことがありました。ある日、イエス様と弟子たちがガリラヤ湖畔におりました時、主は「湖の向こう岸に渡ろう」と言い出されました。そこでイエス様と弟子たちは船出いたします。ところが突風が湖に吹き下ろしてきて、彼らは水をかぶり、危なくなりました。弟子たちは狼狽えます。見るとイエス様は嵐の中で舟が沈みそうだというのに、安らかにスヤスヤと眠っているではありませんか。彼らは主を起こして言いました。「先生、先生、おぼれそうです」。すると、主は風と荒波とを叱って静め、弟子たちにこう言われたのです。「あなたがたの信仰はどこにあるのか」(八・二五)と。

 嵐の中で落ち着いていたのは漁師ではないイエス様だけだった。全くもってプロの漁師としての面目丸つぶれでしょう。それはペトロにとって実に恥ずかしい経験だったに違いありません。しかし、このような失態はペトロの心の奥深くに仕舞い込まれてしまったようです。《最後の晩餐》の席において、彼はかつて自分が弱さをさらけ出した事実を思い起こすことはなかったのです。いやそれどころか、ペトロと他の弟子たちは、《最後の晩餐》の席で「自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか」と議論していたというのです(二二・二四)。

 福音書はここに至るまでに、イエス様と多くの人々との出会いを書き記してきました。汚れた霊に憑かれた男が解放されました。重い皮膚病を患っていた人が清められ、社会に復帰していきました。友人たちに連れて来られた中風の者が罪の赦しの宣言を受け、癒されました。お腹をすかしていた五千人以上の人々にパンが与えられました。盲人の物乞いの目が癒されました。多くの人々が救いを求めて集まってきました。そのような人々との関わりの中で、あの十二人はどこにいたのでしょう。彼らは主に癒された人々をどのように見ていたのでしょうか。彼らはいつでも、イエス様の側近くにいたのです。癒される人々の側ではなく、癒すイエス様の側にいたのです。助けられる側ではなく、助ける側に身を置いていたのです。彼らは、癒された盲人の物乞いと自分たちとの間に、明らかに一線を引いていたと思います。少なくとも、自分たちはそのような癒しを必要としていなかったからです。彼らはイエスに従う者であることを自認する「弟子たち」であり「使徒たち」です。そして、今、彼らはその中で誰が一番偉いのかを議論しているのです。

弱い人ペトロ

 その時でした。主はシモンに驚くべきことを語られたのです。「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(二二・三一‐三二)。

 シモン・ペトロはサタンの試みの前でまったく無力な弱い人間として語られています。彼はそのままではふるい落とされてしまいます。イエス様の祈りなくしては、信仰を保持することすらできない者として語られているのです。つまり、シモンにこそイエス様の助けが必要だということです。

 しかし、シモン・ペトロは自らの弱さを認めようとはしませんでした。ペトロはあの舟の中で取り乱していた自分の姿を思い起こすことはありませんでした。ペトロはこう答えます。「主よ、御一緒なら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」(三三節)。しかし、イエス様はペトロに次のように言われたのでした。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」(三四節)。

 そして、実際にどうなったか。――イエス様が捕えられ、大祭司の家に連れていかれましたとき、ペトロは遠くからついて行きました。そして屋敷の中庭まで入り込み、人々と共に火にあたりながら、事の成り行きを見守っていたのです。するとその時、ある女中がペトロを見つめながら、「この人も一緒にいました」と言いました。突然の指摘に驚いたペトロは、とっさにこれを打ち消します。「わたしはあの人を知らない」と。それからしばらくして、ほかの人がペトロを見て、「お前もあの連中の仲間だ」と言いました。ペトロは再び「いや、そうではない」と打ち消します。そして、一時間ほど経って、また別の人が、「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張りました。ペトロはもう一度、イエスと一緒であったことを否定します。「あなたの言うことは分からない」。すると、まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いたのでした。そして、聖書にはこう書かれているのです。「主は振り向いてペトロを見つめられた」(六一節)。

 これまで、ペトロはイエスの眼差しが一人一人に向けられるのを見てきたはずです。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」(一八・三八)と叫び続けた盲人の物乞いに向けられたイエス様の憐れみに満ちた眼差し。恐らくそのイエス様の隣りに立って、ペトロもまた主と共に憐れみの眼差しを向けていたに違いありません。その盲人は憐れみを必要とする弱い立場にいる人であって、一方ペトロはイエス様と共に立つ強い人だったのです。最後まで、命がけでイエスに従い、主と行動を共にし、主の御心を行おうとしている強い人だったのです。

 しかし、ここにおいて、イエスの眼差しは、今ペトロに向けられています。「主は振り向いてペトロを見つめられた。」ペトロは主の眼差しが、他ならぬ自分に向けられていることを知ることになります。その時、彼は思い起こすのです。「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」という主の言葉を。しかし、ペトロが思い起こしたのは、それだけではなかったはずです。彼はイエス様がその前に言われた言葉を思い起こしたに違いありません。「シモン、シモン、サタンはあなたがたを小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」。そうです、ペトロは確かに主の憐れみの眼差しの前にいたのです。イエス様に祈られている者として、主の眼差しの前にいたのです。

 だから彼は泣いたのです。激しく大声を上げて泣いたのです。弱い自分を悲しみ、罪深い自分を悲しんで、激しく泣いたのです。泣くことができたのです。彼は漁師として、ユダヤ人として、そして十二弟子の一人として、また将来はメシアの王国のナンバー2になるべき人間として、強くなくてはならなかったのです。他の人々のために泣くことはあっても、自分の弱さと罪深さを泣いているわけにはいかなかったのです。

 しかし、もうよいのです。イエス様は何もかもご存じだった。どんなに強がって見せたって、虚勢を張って見せたって、イエス様はすべてご存じだということが分かったのです。だからペトロは泣きました。自分自身のありのままの姿を認めて激しく泣いたのです。泣くことができたのです。

 これがペトロです。後の大使徒ペトロです。この物語は四つの福音書すべてに記されています。恐らく後の使徒ペトロは、この出来事を繰り返し繰り返し人々に語ったに違いありません。なぜなら、あの時の涙なくして、後のペトロはなかったからです。私たちも、同じです。神様に仕えて生きようとする時に、本当に必要なのは私たち自身の強さではありません。そうではなくて、私たち自身の弱さを認め、私たちに向けられている主の憐れみを知ることなのです。

 
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