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「あなたも家族も救われます」

2006年2月5日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 マルコによる福音書1章29節~39節

 先週は、ある安息日に会堂で起こった出来事を伝える箇所をお読みしました。今日の福音書朗読は、それに続く短い三つのエピソードを伝えています。今日は、初めにシモンの家で夕方に起こったこと(二つ目の話)、そして次の朝イエス様が祈っておられたこと(三つ目の話)を先にお読みしまして、それから最初のエピソードに戻ってきたいと思います。

夕方になって日が沈むと

 32節から34節までをお読みいたしましょう。「夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである」(32‐34節)。

 28節には「イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった」と書かれておりました。まさか、一日でガリラヤの隅々にまで広まることはないと思いますが、その日に会堂で起こったことは、口伝えでかなりの人々が耳にしたのでしょう。多くの人々が、その噂を聞きつけて、病人や悪霊に取りつかれた者を連れてきたのです。

 イエス様は、集まって来た多くの人たちを癒されました。また多くの悪霊を追い出されました。福音書の中にこのような癒しの話は少なくありません。「癒しの話」と申しましたが、イエス様が行っていることは、純粋な意味での「医療行為」ではありません。その意味で、例えば医者のルカがしていたこととは異なります。一読して分かりますように、明らかにこれは神の奇跡として書かれております。つまり神の力がそこに働いたゆえに起こったこととして書かれているのです。もちろん悪霊の追い出しについては申すまでもありません。神の権威が悪霊を追い出し、人々を解放したのです。つまりこの箇所には、イエスという御方において《神が力と権威をもって臨まれた》様子が記されているのです。

 神が権威をもって臨み、神の力が働いた。その結果人々が癒された。私は今この二つを当然のように結びつけてお話ししました。――おかしいと思いませんか?その二つが結びつくことは当然ですか?いいえ、決してそうではないでしょう。神が本当に権威をもって臨み、神の力がリアルに働くなら、それが裁きと滅びをもたらすことだってあり得るはずです。いやむしろ人間が神の御前でどう生きているかを考えるならば、神の力が裁きとして臨むのが本当ではないでしょうか。神の力がリアルに臨み、結果としてそこで癒しが起こるということは、決して当然のことではないのです。その当然ではないことが起こったのです。イエス・キリストにおいて起こったのです。

 神の力が臨んでもなお、それが滅びをもたらすのではなくて、癒しをもたらし、救いをもたらすとするならば、そこで前提とされているのは《罪の赦し》です。つまりこのイエス様の御業は、《罪の赦し》を表しているのです。そこにいた人々は、癒された人ばかりではありません。病人を連れてきた人もいたのですから。病気でなければ癒しは経験できません。またイエス様が行かれるところにおいて、必ずしも常にすべての人が癒されたわけではなかろうと思います。しかし、癒された人も、そうでない人も含めて、人々は確かに赦しをもって近づいて来られる神の恵みを見ていたのです。神の恵みに触れていたのです。それが大事なことなのです。つまりイエス様の癒しの御業は、それ自体が神の恵みを伝える宣教の言葉の一部だったのです。

イエスは祈っておられた

 そのことは第三のエピソードとも深く関わっています。35節以下にこう書かれています。「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると、『みんなが捜しています』と言った。イエスは言われた。『近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。』そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された」(35‐39節)。

 ここに描かれているのは、イエス様が祈っておられたという姿です。父なる神と深い交わりの中にあるイエス・キリストの姿です。イエス・キリストを突き動かしていたのは、祈りにおいて示される父なる神の御心だったのです。その御心はどこへと主を導いていたのでしょう。イエス様は祈りながら、いったいどこへと向かっていたのでしょう。

 この福音書を読みながら、祈るイエス様の姿を捜していきますならば、私たちはゲッセマネの園に行き着くことになります。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(マルコ14:36)。そして、最後はどこですか。十字架の上です。それがイエス様が見せた最後の祈りの姿でした。

 「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」と主は言われました。そのようにイエス様は神の国の福音を宣べ伝えて歩かれます。病める者を癒しながら、悪霊を追い出しながら歩かれます。宣教するイエス様は自ら良く知っておられたに違いありません。なぜ「悔い改めて福音を信ぜよ」と語り得るのか。なぜ神が御赦しをもって臨んでいることを語り得るのか。そして、なぜ癒しが起こっているのか。なぜ人々は神の憐れみに触れているのか。それはなぜなのか。――それは罪の贖いの犠牲が屠られることになるからです。イエス様は、神に祈り、神に導かれながら、自ら罪の贖いの犠牲となるために、十字架へと向かっておられたのです。それは、二千年後に教会に集まり、この福音書の言葉を聞いている私たちもまた、罪の赦しの言葉を聞き、神の恵みに与るためでありました。

シモンとアンデレの家へ

 さて、そこで最初の話に戻りたいと思います。29節から31節までをお読みいたします。「すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした」(29‐31節)。

 これも癒しの話です。しかし、なぜこの話が特別に別個に書かれているのかを考えると大変不思議に思います。例えば別個に書かれている話としては、先週見た悪霊の追い出しの話、2章には中風の人の癒し、後の方では目の見えない人が見えるようになり、耳の聞こえない人が癒されて聞こえるようになったという話も出て来ます。死んだはずの娘が生き返ったという話まで書かれています。そのようなセンセーショナルな数々の奇跡の中で、この「シモンのしゅうとめの熱が下がりました」という奇跡物語はいかにも地味な話だと思いませんか。もちろん昔のことですから、これは命に関わることだったのかもしれません。ですから小さなこととは言えないのかもしれませんが、やはり異質であるとの感は免れません。なぜこれが一つの話として伝えられているのでしょう。

 恐らくこの物語が記された一つの理由は、癒された人が他ならぬ「シモンのしゅうとめ」であったからでしょう。しかし、それ以上に、このことがシモンやアンデレにとって、忘れがたい印象的な出来事として記憶されたからに違いありません。それはイエス様が彼らの家に来てくださったという出来事だったのです。そしてその後の記述からも分かりますように、その家はカファルナウムにおけるイエス様の宣教活動の拠点になったのです。

 この福音書は、ペトロやアンデレが弟子となった次第を、それと同じ日の出来事として伝えています。その流れを考えますと、この場面は実に味わい豊かなものとなります。1章16節以下に書かれていたことを思い起こしてください。イエス様はペトロとアンデレに「わたしについて来なさい」と言いました。すると「二人はすぐに網を捨てて従った」(18節)と書かれております。網をとりあえず片づけたのではありません。「網を捨てた」が意味するのは「漁師をやめた」ということです。そんな大事なことを、家族と相談せずに決めて良いのでしょうか。しかし、少なくともこの福音書では、そのように即座に、誰にも相談しないで、仕事もやめてイエス様についていったように書かれているのです。そして後にペトロはイエス様にこう言っています。「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」(10:28)。それが彼らの意識であったのです。それこそ、《この御方について地の果てまでもついていきます》《たとえ御一緒に死ななくてはならないとしても、あなたについていきます》という思いで従って行ったのです。

 ついて行きますと、まずイエス様が入って行ったのは、安息日の礼拝が行われている会堂でした。彼らも一緒にそこに座ります。そして、先週お読みしましたように、その礼拝の場で、彼らは驚くべきことを目撃するのです。人々は口々に言いました、「権威ある新しい教えだ!」と。恐らくそこにいた誰にもまさって、ペトロやアンデレは興奮したに違いありません。この御方についていくという決断は間違っていなかった!まさに権威ある新しい教えだ。私たちは、この御方と共に神の国を宣べ伝え、人間をとる漁師になるのだ。この御方について、地の果てまでも!そんな彼らの胸の高鳴りが聞こえてきませんか。彼らはイエス様に聞いたことでしょう。イエス様、次はどこへ行かれるのでしょうか。どこまでもついて行きます!するとイエス様は言われます。「それでは行くことにしましょう――あなたたちの家へ」。それが今日の聖書箇所が伝えている場面です。

 イエス様が真っ先に向かってくださったのは、なんとわたしの家だった!イエス様に従い始めた時、まず向かうことになったのは、なんと自分の家だった!これはシモンにとってもアンデレにとっても、強烈に記憶に残る出来事だったに違いありません。そして、代々のキリスト者たちの中に、またここにいる私たちの中に、このような経験をした人は決して少なくないであろうと思うのです。これを聞いて「ああ、本当にそうだ」と思う人が少なからずいたのです。だからこのような話が残っているのです。

 イエス様は「わたしについて来なさい」と呼びかけます。その呼びかけに対して「はい」と言ってついていく。その関係は、ある意味で他の何者も入り込めない関係です。人が生きていく時、様々な選択をしなくてはなりませんし、決断をしなくてはなりません。その時に、私たちはいろいろな人に相談をいたします。ある時には、家族に相談します。それは大切なことかもしれません。しかし、信仰に関わる事柄については、たとえ友人や家族に相談したとしても、最終的には人の言葉が事を決するのではないのです。イエス様とわたしの間で決めるのです。そこには、たとえ肉親であっても、入り込むことはできないのです。それを表現しているのが、「すぐに網を捨てて」という言葉です。

 しかし、それで終わりではないのです。家族にも相談せずに網を捨てて従ったペトロを連れてイエス様が向かったのは、ペトロの家だったのです。そして、そこで何が起こったのでしょうか。イエス様はシモンのしゅうとめの手を取って起こされたのです。「起こす」と訳されている言葉は、「復活させる」とも訳せる言葉です。それはキリストと共によみがえり、復活の命にあずかる洗礼を指し示す象徴的な出来事として思い起こされたに違いありません。そして、シモンのしゅうとめはどうしましたか。「一同をもてなした」(31節)と書かれています。「もてなす」という言葉は、教会でしばしば用いられる「仕える」という言葉です。癒された彼女はイエス様と弟子たちに仕えました。そして、やがて本当の意味で主に仕え、教会に仕え、人々に仕える人となったのでしょう。そのようなことが私たちの家族にも起こるのです。後のパウロとシラスはこのことを別の言葉で表現しました。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」(使徒16:31)。

 そして、先ほども見たように、その日の夕方、日が沈むとペトロの家に多くの人々が集まってきました。そこで多くの人々がイエス様によって癒されました。連れてきた人も癒された人も、そこで神の恵みに触れたのです。ペトロの家は、人々が神の恵みに出会う場所となりました。そしてその後、多くの人々がこの「ペトロの家」を経験してきたのです。初期の頃の教会は、信じた者の家が集会の場所となっていたからです。今日の教会は状況が違うかもしれません。しかしなお、信じた者の家が、家庭が、人々が神の恵みに触れる場となることは起こるのです。

 
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