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「主よ、今こそ」

2006年1月1日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 ルカによる福音書2章22節~40節

シメオンの賛歌

 今日、私たちに与えられています御言葉は、29節に記されています、「シメオンの賛歌」――あるいは、ラテン語での冒頭の言葉を取って「ヌンク・ディミティス」と呼ばれる賛歌――の言葉です。年老いたシメオンが、幼子イエスを腕に抱き、神をたたえてこう唱ったのです。

 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり   この僕を安らかに去らせてくださいます。   わたしはこの目であなたの救いを見たからです」(29節)。

 たいへん味わい深い言葉であると同時に、私たちが安易に口にすることにためらいを覚えるほど、実に重い中身を持つ言葉であると言えるでしょう。というのも、ここで「去らせてくださる」というのは、奴隷が自由にされることに用いられるような表現ですが、実際的には世を去ること、死ぬことを意味しているからです。老齢のシメオンは、その人生のいわば最後に至って、「主よ、今こそあなたは、安らかに死なせてくださいます」と言うのです。いわば、「満足です。もはや思い残すことはありません。見るべきものを見、知るべきものを知りました。もはや安らかに去るのみです」と言っているのです。これは人が口にすることのできる、最も深い満足と喜びの表現であるとも言えるでしょう。そのような言葉が、この日、私たちにも与えられているのです。

 この賛歌を口にしたシメオン――彼は紀元の夜明けに至る数十年、まさに激動の時代を生きてきた人でした。彼の少年時代、80年間続いたユダヤ人の政治的な独立は失われました。その後、イドマヤ人のヘロデがローマの軍隊の力を借りてエルサレムを征服し、ユダヤ人の議会の議員45名を処刑して実権を掌握しました。残忍さにおいて悪名高きヘロデ大王です。一方ガリラヤを中心に過激派である熱心党が組織され、武力によってローマからの独立を勝ち取ろうとする運動が広がっていきました。シメオンの青年期から壮年期にかけては、そんな時代でした。そして、今日読みました出来事と前後して、同じ時期に熱心党を中心とした暴動が起こったことが知られています。エルサレムの都を中心として騒動が絶えませんでした。そのような時代の波に翻弄され、費やされてきたのが彼の人生でありました。

 しかし、そのような一生の最後に至って、彼は神に向かってこう語るのです。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます」自らの人生に心を残しながらではない、世を憂いながらでもない、「安らかに」――「平安の内に」世を去ることができると言うのです。なぜでしょう。「わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」そうシメオンは言うのです。いったいどこに?彼はいったいどこに救いを見たと言うのでしょう。今日はそのことについて、御一緒に考えたいと思います。

待ち望む人シメオン

 彼が幼子イエスをその腕に抱いて主を讃美したのは、神殿の境内でのことでした。これが神殿での出来事であるゆえに、後の時代のある人々によって、彼は「大祭司シメオン」として言い伝えられていきました。しかし、聖書にはシメオンが祭司であったなどと一言も語られてはおりません。むしろ、恐らくどこにでもいるような普通の人、信仰に生きた一人の老人であっただろうと思います。

 そのような彼が神殿にいたのは、「“霊”に導かれて」のことだったと聖書は説明しています。それは聖霊の特別な導きでした。しかし、もちろん神殿の境内にシメオンがいること自体は、決して特別なことではなかったことでしょう。神殿に参ることは彼の生活の掛け替えのない部分であり、神に祈ることは彼の人生に揺るぎない位置を持っていたに違いありません。

 彼がそのような祈りの人であったことは、聖書がこの人について、「イスラエルの慰められるのを《待ち望み》、聖霊が彼にとどまっていた」(25節)と書かれていることからも分かります。彼は「待ち望む」人だったのです。祈りの人は待ち望む人です。未来に目を向けない祈りなどあり得ないからです。神に祈るということは、しっかりと未来に顔を向けて、こちらへと向かって来る神の時を待つということに他ならないのです。

 どんなに世界が揺れ動こうが、どんなに社会が暗闇に覆われて、一寸先さえも見えない時代となろうが、シメオンは来るべき未来から目を反らしませんでした。彼の眼差しは一点を見つめて動きませんでした。彼は待ち望んだ。「イスラエルの慰められるのを」待ち望んだのです。

神の慰め

 ここで特別なことが語られていることに注意してください。彼が待ち望んでいたのは、単にイスラエルが政治的な独立を取り戻すことではありませんでした。人々が解放されて生活の重荷が取り除かれることではありませんでした。単により良い秩序が実現することでも、平和な社会となることでもありませんでした。彼はイスラエルが「慰められる」ことを待ち望んだのであり、そのことを実現するメシアの到来を待ち望んでいたのです。

 「イスラエルが慰められる」。受け身で語られているときは通常主語は神様です。神が慰めてくださる。しかし、これは聖書において非常に重要な表現でありながら、日本語の「慰める」という言葉は、その内容全体を表現できる言葉ではなさそうです。そもそも、日本語の「慰める」という言葉には、どうも弱々しいイメージが付きまとっているように感じます。ですから、通常の会話でも、「慰めなんかいらない」などと言います。単なる慰めだけならば、現実的には何の意味もないと感じるからです。しかし、実は、聖書において用いられる「慰め」という言葉はそのような弱々しいものではないのです。

 例えばイザヤ書51章3節を御覧ください。次のように書かれています。「主はシオンを慰め、その廃墟を慰め、荒れ野をエデンの園とし、荒れ地を主の園とされる。そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く。」これが「慰める」という言葉の意味するところです。すなわち、荒れ野がエデンの園のようになるのです。荒れ果てたところに、喜びと楽しみ、感謝の歌声が響くようになるのです。そのような情景を思い描いてください。そのように、神の慰めとは、神の驚くべき回復の御業を意味するのです。荒れ果てて命を失っているところに、神のもとから命の流れが帰って来て生き返るのです。

 そこで大事なことは、「廃墟」「荒れ野」「荒れ地」の理解です。なぜ廃墟なのか、なぜ荒れ野であり荒れ地なのか、どうしてそこに命がなく死が支配しているのか、ということです。実は、このイザヤ書の預言をもともと聞いていた人にとっては、明白なことだったのです。現実に廃墟を見ていたからです。それは自分たちの罪の故に、神への背きのゆえに廃墟となっているのです。

 そうしますと、「慰められる」という言葉は、特に《人間の罪のゆえに》荒れ果ててしまってた現実に、神が働いて、命をもたらして、回復してくださることを意味するのです。ですから、そこで前提とされているのは、罪の赦しなのです。罪の赦しなくして、罪の故の荒れ地に、再び歌声が響くようにはならないのです。「慰められる」とは、罪が赦され、恵みの支配がもたらされ、神との交わりが回復されることに他ならないのです。そのようにイスラエルが「慰められる」のを、シメオンは待ち望んでいたのです。

 つまり、シメオンはこの世界を、ただ悲しみと苦しみの満ちた不幸な世界と見ていたのではない、ということです。彼は、神に背いた世界を見ていたのです。神に背いたイスラエル、それゆえに荒れ野のようになったイスラエルを見ていたのです。それが神に背いたゆえならば、単にローマ帝国から解放されたといたしましても、政治的な独立が仮に与えられましても、それだけでは解決しないことなのです。神の赦しに基づいた、真の慰め、神の慰めが必要なのです。

 それは私たちが見ているこの国の現実についても同じことが言えるでしょう。世は不況です。不況ゆえの暗さが社会を覆っています。しかし、では好景気になれば本当に光があるのかと言えば、決してそうではないことを私たちは良く知っているのです。社会の秩序が崩壊しつつあります。なぜこんなことが起こるのかと驚くようなことが起こります。では強力な強制力によって、例えば国家の強制力によって秩序を回復すれば、それで本当の解決があるのかと言えば、決してそうではないことを私たちは良く知っているのです。

 人間の内に事が起こらなくてならないのです。人間が本当の意味で救われ、回復されなくてはならないのです。人間と神との関係が変わらなくてはならないのです。神によって罪が赦され、神との交わりに回復され、神の回復の御業がもたらされなくてはならないのです。神の慰めが必要なのです。神による救いが必要なのです。神の救いをもたらしてくれる、救い主なるメシアが必要なのです。

メシアの到来

 そのメシアの到来を、シメオンは見たのでした。それは一人の幼子でした。それは「救いが到来した」と叫ぶには、あまりにも小さく見える、本当に小さな小さな事の始まりに過ぎませんでした。しかし、それでもこの一人の幼子の誕生によって、決定的な事が既に起こったことを、シメオンは知ったのです。どのようにして?分かりません。ただ聖霊がそのことをシメオンに示されたと言うしかありません。

 しかし、確かなことは、あそこでシメオンが幼子イエスを抱いて、「わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と言ったあの言葉は、決して間違ってはいなかった、ということです。そして、さらに31節で、「これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです」と言ったことは間違っていなかった、ということです。確かに、この幼子の誕生によって、イスラエルが慰められるだけでなく、万民のために救いが整えられたのです。

 やがてシメオンの腕に抱かれたその幼子は、約三十年の後、その同じエルサレムにおいて、死刑の判決を受け、十字架にかけられることになります。主が遣わされたメシアは、すべての人の罪を背負い、苦しみを受け、贖いの血を流すことになるのです。シメオンがその腕に抱いた幼子は、罪の贖いとして死ぬために生まれた子でありました。その幼子は、神と人との関係を決定的に変えるために生まれた子でありました。万民の救いは整えられました。神の慰めが与えられるために必要なすべては整えられました。シメオンは神の救いを確かに見たのです。それゆえに歌ったのです。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます」と。

 シメオンは聖霊に導かれ、メシアなるイエスに出会い、幼子イエスをその腕に抱くことになりました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と歌ったシメオンは、決して特別な人ではありません。歴史の舞台においてはひとりの脇役です。そういう意味では、彼は、わたしであり、あなたなのです。シメオンを導いた聖霊は、私たちの内にも働いて、主イエスとの出会いへと導きます。人間が平安の内に人生を全うすることができるために、知るべき事、見るべきものは、それほど多くはありません。いや、究極的には一つだけなのです。それはキリストであり、キリストによってもたらさた神の慰めであり救いなのです。私たちがまず世に先だって罪の赦しをいただき、神との交わりへと回復され、力ある神の慰めに与るならば、シメオンの賛歌は確かにわたしの歌、あなたの歌となるのです。

 
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