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「立ち上がり、歩きなさい」

1996年6月23日 主日礼拝
日本キリスト教団 大阪のぞみ教会牧師 清弘剛生
聖書 使徒言行録 3章1節~10節 「立ち上がり、歩きなさい」

 二章の最後には当時の教会の様子が簡単にではありますが、生き生きと描写さ れていました。三章から四章にかけては、最初の教会に起こった、一つの具体的 な出来事が取り上げられています。このような一つ一つの描写の中に、信仰者と は何であるか、教会には何が与えられているのか、教会とは本来どのようなもの であるかを見ることができます。私たちは、当時の教会の姿に照らして、普段自 らの信仰生活と教会をどのように考えているかを省みなくてはなりません。

 まず、三章一節以下をご覧ください。「ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの 時に神殿に上って行った。すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。 神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日『美しい門』という神殿の門のそば に置いてもらっていたのである。彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを 見て、施しをこうた。」

 ここに生まれながら足の不自由な人が登場してまいります。四章二二節により ますと、この人は四十歳を過ぎていたようです。生まれながら障害を負っている ということは、当時の社会においては二つの方面から非常に厳しい状況に置かれ ることを意味しました。第一に、足が不自由である限り、彼は通常の仕事に就く ことは不可能でありました。生活の保障はありませんでした。それゆえ、彼は物 乞いをして生活せざるを得なかったのです。それだけでも、彼にとって、生きる ことはどれほど苦しいことであったかと思います。そして、第二に、もっと大き な苦しみがありました。生まれながら足が不自由である彼は、宗教的な差別のも とに置かれていたのです。当時のユダヤ教世界において因果応報の思想がどれほ ど根強かったかは、ヨハネによる福音書九章を見てもよく分かります。ヨハネ福 音書では生まれながらに目の不自由な人が登場するのですが、ユダヤ人であった 弟子たちはイエス様にこう尋ねるのです。「ラビ、この人が生まれつき目が見え ないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。 (ヨハネ九・二)」このような質問は、何も珍しいものではありませんでした。 当時のユダヤ人ならば、誰もが考えるようなことなのです。ですから、この足の 不自由な人も、今までどれだけそのような冷たい言葉を浴びせられてきたか知れ ません。人々は彼を神から呪われた者と見なしていました。恐らく彼自身もその ように思っていたことでしょう。彼にとって、神の恵みはまったく無縁なものだっ たのです。

 そのような人が、神殿の「美しい門」の側に「置いてもらっていた」のです。 これは、直訳すると、「彼ら(人々)は置いた」という言葉です。口語訳では 「置かれていた者」と訳されています。まるで荷物か何かのように、「運ばれて」、 「置かれていた」と表現されているのです。「美しい門」と言われているのは、 神殿の外庭から婦人の庭と呼ばれる内庭に行くときに通る門であったようです。 素晴らしい細工を施した青銅の門であったそうです。その当時の宗教を象徴する きらびやかな門です。本来、神の麗しさが現されているはずの神殿であり、その 門であったはずであります。そうです、確かに、そこに宗教はあったのです。し かし、その門の前に、荷物のように「運ばれて」「置かれている」人がいたので した。神の恵みを知ることなく、毎日荷物のように運ばれては置かれ、日を送っ ていた一人の男がいたのです。もはや、施しを受けること以上のことは何も期待 していない人、何も新しいことを期待できない人がいるのです。

 私は、この箇所を読みますと心が痛みます。ここに見る足の不自由な人と同じ 姿を、今日もなお多くの場において見るからであります。もちろん、今日の日本 と当時のエルサレムにおける社会事情は違います。経済的な困窮者は、数の上で は圧倒的に少ないとも言えるかも知れません。しかし、生きる希望と喜びを失っ ているならば、この人の人生とどれほど違っていると言えるでしょう。彼は、 「運ばれて」「置かれて」いた人です。もちろん、彼にはすべきことがありまし た。物乞いをすることでした。そして、毎日、いくばくかの施しを受けることに ついての期待はあったと思います。目の前の必要が満たされることの小さな喜び もあったかも知れません。しかし、彼にはそれ以上の希望はなかっただろうと思 うのです。今日の日本においても同じ事は見られます。「運ばれて」「置かれて」 いる者であるかのように、家庭生活をしている人がいくらでもいます。「運ばれ て」「置かれている」者であるかのように、職場で、学校で、過ごしている人が いくらでもいるのです。仕方がなくて、そこにいるのです。もちろん、為すべき ことはあるでしょう。毎日、それなりの小さな期待、小さな喜びへの期待は、あ るいはあるかも知れません。しかし、それ以上の大きな希望、未来に果てしなく 広がっていく大きな希望と喜びをもって生きている人がどれだけいるでしょうか。

 この人は、毎日、生き延びることはできたのでしょう。しかし、彼の内には、 新しい何がが自分の人生に起こりうるという希望はありませんでした。彼は未来 を過去の延長としか考えられませんでした。それは無理もありません。彼の人生 には、神への期待がなかったからです。永遠なるお方に目を向けることはなかっ たからです。それは仕方のないことでした。先にも見ましたように、因果応報の 思想のもとでは、彼は呪われた者とされていたのですから。彼自身もそのように 思っていたに違いないのです。神の恵みと自分とは無関係だと思っていたのです。 今日の多くの人々にしても同じです。どのような事情があるのせよ、悲しむべき は神の恵みが自分とは無縁のものであると見なしていることであります。神は自 分と無縁であると思っている限り、人は本当の希望を持つことは出来ないからで す。神への期待を持つことなくして、どうして永遠に向かう希望が持てるでしょ うか。結局行き着くところは諦め以外にないのです。

 しかし、キリスト御自身が、使徒たちを通して、彼の諦めの世界に入ってこら れたのでした。私たちは、彼とペトロたちとの出会いの中に、その事実を見るの であります。

 三節以下をご覧ください。「彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見 て、施しをこうた。ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、『わたしたちを見 なさい』と言った。その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペ トロは言った。『わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザ レの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。』(三・三‐六)」

 彼が、ペトロとヨハネに求めていたのは「施し」でありました。それ以上のこ とは求めていなかったのです。ペトロとヨハネが「わたしたちを見なさい」と言っ た時にも、その男は、何かもらえるだろうと思っていたのです。ですから、当た り前に考えるならば、そこでペトロとヨハネがなすべきことは、求められている ように、施しをすることであったはずです。しかし、彼らは、男の求めに直接答 えることはしませんでした。ペトロはこう言ったのです。「わたしには金や銀は ない」。なんと期待はずれな答えでしょう。ところが、ペトロの言葉はそれで終 わりませんでした。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。 ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」そして、 右手を取って彼を立ち上がらせた、というのです。

 ペトロのしたことはいったい何だったのでしょうか。繰り返しますが、彼は、 その男の求めに直接的には答えたのではありませんでした。施しを求められたの で、施しをするということをしませんでした。そうではなくて、彼は、イエス・ キリストの御名を与えたのです。イエス・キリストの御名によって、彼を立ち上 がらせ、歩かせたのであります。

 ここに記されている出来事が意味することを、私たちはしっかりと捉えなくて はなりません。この男の人の足が癒されました。大変不思議なことですが、奇跡 は神の国のしるしでありますので、キリストの権威と力のもとで起こり得ること であります。今日、世界各地の教会で、このような奇跡については沢山の報告を 聞くことができます。もちろん、この教会においても起こり得ることです。しか し、私がここで注意を向けたいと思いますのは、ペトロがしようとしたことは何 であって、本質的には何が起こったのか、ということなのです。そこで、大切な ことは、七節以下に書かれている事柄です。

 「そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足 やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回っ たり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。民衆は皆、彼 が歩き回り、神を賛美しているのを見た。彼らは、それが神殿の『美しい門』の そばに座って施しをこうていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れ るほど驚いた。(七‐一〇節)」

 ここで明らかに強調されているのは、彼が、「神を賛美している」姿です。神 を賛美しながら、二人と一緒に神殿の境内に入って行ったのです。これは当たり 前のことではありません。彼は、自分を呪われた者と見なし、自分の人生を呪わ れた人生と見ていたのですから。神の恵みは、彼には縁がないものだったのです。 しかし、彼に「イエスの御名」が与えられました。イエスの御名によって、彼の 人生は根本的に変えられました。彼は、神の御前に立ち、神に目を向け、神を賛 美する者へと変えられたのです。神の恵みの内に生きるようになり、神と共に生 きる者とされたのです。彼の人生に神御自身が入ってこられたのです。彼のとこ ろに神の国が来たのです。

 もし、彼が単に足を癒されたことを喜んでいるだけであるなら、それは「施し を受ける」というのと同じ次元のことに過ぎません。奇跡の記憶などは時が経つ につれて薄れていくものです。彼の人生は違った形で、「運ばれ」「置かれてい る」だけのものに戻っていったことでしょう。しかし、ペトロが与えたのは、癒 しの奇跡以上のものでありました。ここで起こっているのはそれ以上の出来事だ ということを私たちはしっかりと捉えなくてはなりません。そうしますと、この 世に置かれている教会のあるべき姿、信仰者のあるべき姿が見えてまいります。

 この悩みと悲しみの世界において、罪と死の力のもとに置かれている世界にお いて、教会がなすべきことはいったい何なのでしょうか。ペトロは「金や銀はな い」と言いました。本当になかったのでしょう。今日、教会はどうであるか、日 本に生きる信仰者はどうでしょうか。「金や銀はある」のだと思います。もちろ ん、それ自体は悪いことではないでしょう。しかし、往々にして、「金や銀はあ る」という者は、金や銀の為し得ることが全てだと思ってしまうのです。人々の 目の前の必要に答えることは大切です。為し得るならば、それをしたら良いと思 うのです。しかし、金や銀の為し得ることだけで、神の与え給う本来の目的を為 し得たと思うなら、それは大きな間違いなのです。最終的に教会の為すべきこと、 為し得ることは、「イエス・キリストの御名」を与えることなのです。イエス・ キリストの名が与えられる時、そこに金や銀の為し得ないこと、ただキリストの みが為し得ることが起こるのです。すなわち、神の国がもたらされるのです。呪 われた人生であるかのように生きていた者が、神の恵みから遠く離れて生きてい た者が、ただ「運ばれて」「置かれて」生きていた者が、永遠への希望もなく喜 びもなかった者が、神を誉め讃え、神に期待し、永遠の希望と喜びに生きる者へ と造り変えられるのです。新しく造られた者として、永遠に神と共に生きる者と されるのです。

 以前、この一月にイギリスを訪ねた時に出会ったジーザス・フェローシップと いう教会の青年たちの話をいたしました。前にも申し上げましたように、青年た ちの多くは、かつて麻薬患者であったり、アルコール中毒であったり、窃盗の常 習犯であったりした人たちです。しかし、その彼らが、キリストによって救われ、 罪の赦しを受け、罪から解放され、聖霊に満たされて、今では喜びに溢れ、希望 に溢れ、命に溢れて、キリストを宣べ伝えているのです。彼らには、本当に、 「金や銀」はありません。しかし、彼らは確かに「イエス・キリストの御名」を 持っているのです。その事実の大きさを自覚している人々でした。だから、彼ら は罪の泥沼の中にあって、希望も喜びも失っている友人たちにキリストを伝える のです。そして、イエス・キリストの御名が伝えられるところに、主が生きて働 き給い、神の恵みの御支配がもたらされることを信じて祈るのです。

 私たちはどうでしょうか。また、キリストの御名が与えられていることをどれ ほど大きなこととして受けとめてきたでしょうか。「金や銀はわたしにはない」。 そのような者でかまいません。この世的な力などなくても教会は教会であり得ま す。「イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と語り得る者で ある限り、教会は確かに生きているのです。

 
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